油断すると口に出してしまいそうになるのをなんとか飲み込み、表情を整えて里奈の肩を叩く。
「それは酷いね」
優しく慰められ、里奈はユルユルとツバサを見上げる。
自分を見つめてくれる暖かい瞳。
あぁ ツバサって、イイ人だな。
ようやく笑顔を覗かせてくれた里奈の肩をもう一度叩き、ツバサはゆっくり頷いた。
「シロちゃんと美鶴の関係に、金本くんが口を挟む権利はないよ」
そうだ。たとえ里奈が聡の恋路を邪魔する存在であったとしても、美鶴と里奈の関係は、美鶴と里奈の問題だ。里奈が美鶴に会いたがる気持ちに他人が口を出すような権利はない。
シロちゃんは美鶴に会いたいんだ。だから美鶴の家の場所が知りたくって、それでコウや私に―――
そこでツバサは目を丸くする。
「で、でもシロちゃんが知りたいのは、美鶴の家がどこにあるのかって事なんじゃなかったの?」
里奈は背中を丸め、顎を膝の上に乗せた。
「でも美鶴は、教えてくれないんでしょう?」
少し拗ねるような悲しそうな瞳。本当に子犬だ。困った事があるとクンクンと鼻を擦り付けて甘える脆弱な子犬。
「ツバサにも教えてくれないんだよね?」
「あ、それは」
美鶴の家の場所が知りたい。里奈はコウ=蔦康煕にそう訴えた。コウはツバサに頼んでやると言った。そうして本当にコウは、ツバサに依頼してきた。
どうして間にコウが入ってるワケ?
納得できないながらも、ツバサは美鶴に聞いてみる事にした。
だが、未だにツバサは美鶴の家の場所を知らない。
「シロちゃんに、会いたくないの?」
この質問に、美鶴は明確な返答はしない。会いたくないとは言わない。だが、住所を教える事には渋っている。
「会う必要がない」
それは、本当は会いたいんだけれど、という意味なのだろうか?
いろいろ考えてはみるものの、結局は美鶴の真意を理解し倦ね、里奈へ美鶴の言葉を伝える事ができない。もうちょっと待ってね、今度聞いてあげるから、などといった言葉でごまかしているうちに時が経ってしまっていた。
「美鶴、私には会いたくないって事なのかな?」
「そんな事はないと思うよ」
「本当?」
「うん。だって、会いたくないなんて、言ってないもん」
嘘ではないよな。
なのになぜだか小さな後ろめたさを感じる。里奈は顎を膝に乗せたまま、ため息をついた。
「だったら、どうして私たちって、会えないんだろう?」
虫の音が儚い。家の中は相変わらず賑やかだ。
「どうしてだろうって、最近ずっと考えてたの。それでね、たぶん、こんなんじゃダメなんだって、思ったの」
「こんなん?」
「うん。ただツバサからの連絡を待ってるだけじゃダメなんだって」
それは、私ではアテにはならないという意味なのだろうか?
軽くプライドを傷つけられたような気もするが、里奈にはそんな気は無いのだろう。
「私が美鶴を変えてしまったんだから、だから私から美鶴を見つけに行かなきゃダメなのかなって思ったの」
「か、金本くんの言う事なんて、聞く必要はないよ」
慌てて乗り出すツバサに、里奈は俯いてブンブンと頭を振る。
「いいの、私が悪いんだから」
ただ、だからと言って会うなと怒鳴るなんて、それは酷いんじゃない?
再び涙が滲みそうになる瞳を膝でゴシゴシと擦る。
「だからね、場所がわからない美鶴の家よりも、もう場所がわかってる駅舎へ行くべきなんじゃないかって思うの。私から見つけに行かないと」
実際に駅舎の場所を知っているのはツバサであって、里奈ではないのだが。
「でも、あの、美鶴の方が会いたくないって言うんだったら」
ツバサは軽く唇に力を入れる。
美鶴は、どう思っているのだろうか?
視線を里奈から外し、だがここでも強く言い聞かせる。
私が考えたってわかる問題じゃない。美鶴がどうであろうと、シロちゃんが会いたがってる事に違いはない。ひょっとしたら、美鶴だって本当は会いたがってるのかもしれない。シロちゃんの裏切りが誤解であった事は明白なのだ。それは美鶴も理解しているはず。二人が会えば、事は良い方向へ向かうかもしれない。
多少楽観的過ぎるかとも思えたが、ここ最近暗く悩みすぎた。できれば物事は楽しく考えたい。
改めて里奈の瞳を見つめ、ツバサは明るく笑ってみせた。
「いいよ。今度、シロちゃんの都合の良い時に駅舎に行ってみよう」
ツバサの言葉に、里奈は心底安堵の表情を浮かべて笑った。
|